CSヒストリー・チャンネルで10日(日)〜19日(火)のバイオグラフィー【女性ヴォーカリスト特集】はライザ・ミネリを特集している。
つい先月、舞台で紫吹淳演じる圧倒的なライザを観たばかりだし、このボーカリストには思い入れがある。
前編・後編約1時間半、2004年の放映作品だから、ライザのわりと最近の映像が見られる。でも太りすぎだなあ。
友人のミア・ファロー、ミュージカル「シカゴ」で共演したチタ・リベラ、「キャバレー」の共演者ジョエル・グレイ、などライザをよく知る人達が彼女の人となりを語り、ライザ自身がリハーサルの合間に過去を振り返る形のトークでこのドキュメンタリーは進行していく。
前編は、1972年にテレビで放映された「Liza with a "Z" - A Concert for Television」の映像で始まり(このDVDについて
こちらに記事あり)、幼少時代からエンターティナーになるべくレッスンに励んだこと。超有名女優である母親の重圧をいつも感じていたことなどが紹介される。
1964年ジュディと出演したパラディアム・シアターの舞台の成功が、母親の重圧から解放されるきっかけとなる。つまり、ライザがジュディを超えた瞬間でもあるのだが、この時の映像は、歌っているライザにちょっかいを出すジュディの顔に何ともいえないいらだちのようなものが表れていて、面白い。
先日の舞台でも、鳳蘭扮するジュディが、この時のことを「私より最後の音を伸ばそうとするんですからね。」と悔しそうに言うシーンがある。
男運のないライザの最初の夫がシンガー・ソングライターのピーター・アレン。ライザはキュートでセクシーな彼に夢中になったと言っている。2人は深く愛し合ったがピーターはゲイ。結局2人はありままの現実を受け入れ、離婚後友情はピーターの死まで続く。
このピーターを舞台では坂本昌行が演じ、2人の関係がとても心打つものになっていた。
後編では映画「キャバレー」の撮影に関するエピソードに多くを割いているが、あの独特の髪型は、父 ビンセントミネリのアイデアだったのか。
この作品は1930年代ナチスが台頭し始めた時代、ベルリンの小さなキャバレーの踊り子の話だが、ライザは20年代後半のマレーネ・デートリッヒをイメージしていた。しかしミネリはルイーズ・ブルックスという女優の変わった髪型を彼女に勧めたということだ。
このエピソードに限らず、ライザは仕事の面では母親ジュディ・ガーランドよりもビンセント・ミネリに多くのアドバイスを受けていたようだ。たしかに、ミネリ映画の色彩美学は素晴らしいし、ライザが芸術的な父親のセンスを自分に採り入れたのは正解だ。
ジュディからは天分と、男運の無さ、酒やクスリにおぼれる弱さ受け継いじゃったのね。
ブロードウェイ・ミュージカルで女王して認められたのはボブ・フォッシー演出の「シカゴ」。舞台の評判が悪く、主演のグエン・バードンが病に倒れたのをきっかけに打ち切りになるところを、ライザを起用したことによって大ヒット作となる。
ライザはたった6日のリハーサルで舞台に立ち、6週間先のチケットが1日で売り切れたという。普通は、大スターの代役を大スターがやることは自分の価値をおとしめることになるのだが、ライザはそんなことは気にもかけなかった。自分が求められているなら役に立ちたいと。人柄もいいんだなあ。
この舞台の映像がないのが残念だ。他には、見ることの出来ない舞台映像なども色々あったのに。
その後は酒、セックスに溺れ、薬物依存で何度も死にかけ不死鳥のように立ち上がるという20年間。何で母親と同じ道をたどるんだろう。
でも、まあ、2004年の時点では完全に復活し、コンサートで喝采を浴びる。少し声の張りが無くなっているように思えたが。